ボランティア活動

「老いのゆくえと自分さがし」スウェーデン紀行(U)


〜 高齢者介護福祉の現場を訪ねて 〜
  

2000.09.13  妻 井 令 三

野・森・湖の国と日本との由来…
 その国へは、シベリアからフィンランド上空を経てそしてスウェーデンオーランド島をかすめながらドイツフランクフルト経由で、あらためてストックホルムに至る15時間の道のりである。その時間の慰めに司馬遼太郎「坂の上の雲」を携えた。近代化後進国日本が国際社会で「国家」の存亡をかけて、帝政独裁国家ロシアに挑まざるを得なかった日露戦争が舞台の物語。私欲・我欲を超えて、時代を切り開こうとした「志」ある青春群像のドラマである。当時、帝政ロシアの外圧に北欧各国も日本と同様苦しみ、その共通の苦悩からこの戦に日本が打ち勝ったという共感は今でもスウェーデン人に親日的感情として残っていると聞いていた。それから、約一世紀しか経っていない今日、互いに先進国となった国々のありようは今、どこへ向かって行こうとしているのか見極めたい思いがあった。高齢者福祉の側面だけ見ても、共通することはその時代に比べて平均寿命が倍となった時代になった中での、国の役割と人々の生きる価値観は如何辺にあるのかとも…。
 整然と整備された豊かな農村風景に囲まれている風景を眺めながら降りて行くフランクフルト空港やシャルルドゴール空港に比べると、海岸線の入り組む地形と緑の平地の中に様々に偏在する湖の多い情景を見つつアーランダ空港に着く。そこは山のない平野部に表現をつけるように岡の広がる森と、全国に40万余りも点在するという湖を持つ国であった。日本の1,2倍の国土に880万人しか住んでいない国土のゆえか、首都ストックホルム以外では殆ど例外的にしか信号機など見かけることのない道路事情に象徴されるように、ゆったりとし佇まいが感じられる。日本で見なれた無秩序な住居・工場の密集状態や看板の乱立、廃車の山済みなどはついぞ見かけることもない。氷河の削った岩盤の上に農地少なく貧しい国であったこの国の人々の、村や街の姿は自然という宝を知り尽くして景観を作ろうという心根が伺える道程。かくして,スウェーデンの故郷アーランダ地方以南の各地を、述べ2000キロ余りをバスで高齢者福祉施設や市役所など16個所を巡る旅となる。
モービロンガ市の痴呆性老人のグループホーム
ある町の水辺の花壇
 案内役は、この視察旅行のコーディネイトをしたスウェーデン在住30年の原氏と、小さな旅行社を営みながら自らバスの運転士を買って出ているべニイさん。この二人の人の良さとユーモア溢れる組合わせも絶妙で、もう昔から知り合っている身内のような気分が漂う道連れの始まりであった。旅の楽しみは、異郷の風物発見であると共に「人探し」の面白さでもある。その意味でも両案内人の間合いと呼吸は一級といえるものであった。かって、日本の諜報活動の拠点をストックホルムで作り上げた明石大佐は、初めこの駅頭に降りた時、「極東の小国日本が、ロシア帝国に対して開戦した」という報道により大歓迎を受ける様を、司馬は「坂の上の雲」に描いている。そうした由来の国への旅である。
福祉予算35%…"コンミューン"(自治体)の役割とその基本姿勢
 国の東南部に位置する、MORBYLANGA市(本土から7キロを橋で渡ったOLAND島にある)市役所(コンミューン=自治組織)を訪ね、福祉責任者達の説明を受けた。市庁舎は素朴なスウェーデンハウスの造りで簡素そのものであった。聞くと、「役所は必要な仕事のスペースがあれば良いので、特別の仕様にする必要がどこにあるのですか…?」と逆に質問された。…すべて職員の執務室は個室で、役職によって差は無くスペースは均一。「サボる人は出ませんか」と聞くと、「大部屋で効率的な仕事ができますか…?」との返事。
 人口13,000人で老齢化率19.2%、職員数800人そのうち老人福祉関係職員400人(2/3は女性)と言う。職員のうち事務職は60人弱で、あとはすべて行政専門職のスペシャリストで構成している(ちなみに、850人と同数レベルの職員数の笠岡市は人口60,000人で、ホームヘルパー数20人余りである)。議員は皆仕事をもっておりボランティア的性格で、49名。議会は学校などで夜開かれる。議員報酬はその超過勤務分だけだそうだ。
 市の組織と予算は "学校・教育"50%・"福祉"35%・"技術(水道・道路)""環境・建設基準""文化・余暇"の三部門で15%という。組織はシンプルでわかリやすく、予算の運用は土木等に偏重せず、"人"にとって大事なことに予算を使うことを徹底している。
 さて、市は急速な高齢化率の上昇の中で"痴呆症"問題が最大の課題だとしている。そのために「早期発見とそのケアーの重視」「高くつく医療よりも福祉保護を」「人間らしい介護施設の拡充」を掲げ、「ケアハウス」「グループホーム」の整備を急いでいるという。
グループホームの個室の部屋 グループホームの居間
 ホームヘルパーの派遣レベルは4段階にしてホームヘルパーの派遣レベルは4段階にしており、1日平均訪問滞留時間は4時間で、最大は10〜16時間滞留のケースもあるという。要はその人の介護の必要度により決める。この市でも、急速な高齢化により痴呆症の待機者が30人程居り、ホームヘルパーを送り在宅を永くしようとしているが予算も医師も限界にきつつあり、早く改善しなければならないとのこと。この問題は、政治家(議員)にとっても最大の問題だそうだ。
 「"痴呆症"を抱える家族(主に配偶者のこと)は、ものすごい努力をしておりそれを早く改善してあげるのが市の仕事である」と、市担当者の責任感のにじむ発言も出る。
同行のN新聞の記者が、介護保険を下敷きに「民活導入を図っては…」との質問に、「福祉は市の責任の課題であり、かつ介護の"質"の問題が大切」と議論にもならないという。
ある町の朝(公園)
 この国の、所得税30%・消費税25%(基礎食料品を除く)は高いと思っていたが、社会保険料も有料道路(勿論7キロの橋も無料)もなく、大学までの教育、更には10才までの歯科診療も無料とは驚いた。(余談ながら、大学における授業は極めて厳しいそうだ。)税の使い道は明瞭で、第2・第3の税に近い負担が目白押しの日本と大違いである。教育をはじめ、「老いて」も社会的保障・介護が徹底しているため、貯金をチビチビとする必要がないのである。これらを政治の基本責務とする西欧主要国の共通した生活感覚だ。
 問題は、"国民性"や"社会・経済機構"等の違いなのではなく、まさしく"政治"そのものの質の違いであり、それを裏打ちする"倫理的価値観"の差なのである。それこそ民主主義そのものの、成熟度の差が歴然と浮かび上がってくるのである。(3へ続く)